生まれて、御免なさい

先天性の化学物質過敏症を背負った、ヒヨッコイラストレーターの、失意と立ち直りと、苦痛と戦いの日々。
望みの薄い先天性に、苦痛に慣れて耐え続ける事を選んだ。
ただ臭いに敏感なだけじゃない、苦痛の日々を生きる化学物質過敏症の、赤裸々白書。
苦痛以外の日常は知らない。知っていたと言う記憶さえない。
それでも、私は幸せ者かもしれない。

もうめんどくさいので[2009年11月22日(日)]

もうめんどっちいのと、新しい場所に慣れる為に、今日から新生産まれて御免なさいの方で記事を書き始めるとします。
http://blog.livedoor.jp/umaretegomennasai/
皆様移動をどうぞ。
なんだか使い慣れた場所から移動すると思うと寂しい気もしますね。

Posted at 23:19 | この記事のURL | Clip!! | コメント(0) | トラックバック(0)

お知らせ[2009年11月22日(日)]

いつもご愛読していただいている皆様へ。

「産まれて、御免なさい」は、ドリコムブログ閉鎖に伴い、12月いっぱいを持ちまして下記URLへと引っ越します。
http://blog.livedoor.jp/umaretegomennasai/
ブックマーク、お気に入りの変更をお願いいたします。
新生産まれて御免なさいとなった後も、よろしくお願いいたします。
なお、当ブログは来年三月に閉鎖となります。
記事は全て移してありますので、人気コラム、「FRP造形の夢を叶えて」は無事でございます。
書きかけコラム、「FRP造形の夢を叶えて2」、「フランス留学の話」、「重度化学物質過敏症、家を建てる」、は新生ブログで続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

Posted at 02:33 | この記事のURL | Clip!!

煤煙の、畳。[2009年11月21日(土)]

ストーブがなんだか凄い事に。
私は化学物質過敏症には珍しく、有機溶剤に結構強かったりする。
なんでかは知らないけれど。
だからバイクに乗れる、ガソリンが入れられる、反射板ストーブが使える、あげくの果てにはFRP造形が出来る。
勿論、私が普通の人間じゃない事を忘れないでいただきたい。体に何の影響もないと言ったら嘘になるが、他の化学物質に比べると遥かに少ないのである。
まあ、FRP造形の後はかなりきつい事になるけれど。
ああ、それで何を言いたいのかと言うと。
それゆえ私は反射板ストーブを使っている。
古い借家で、あくまで仮住まいのなので、お金をかける気にもなれず、私の体に悪いと知りつつ小さな反射板ストーブを使っているのだ。
弥栄は寒い。
しかも古い家なので、どんだけきっちり締めても窓に小指一本は居るぐらいの隙間が空いていたりして、寒いときで氷点下5度になる。室内がですよ!?
ウーパールーパーの水槽が凍っていた時にはぶっ飛んだ。低水温に強いペットと言う事でウーパールーパーにしたのだけど、正解だったかも。熱帯魚じゃヒーターの保温も間に合わなさそう。
それだけ寒いので、私一人だと言うのにストーブが三つもあるのだ。
大きなストーブは灯油をかなり食うので、氷点下にならない限り使わない。普段は小さな物を使っているのだが、これが今年に入ってからおかしくなった。
なんだか、物すっごく、臭い。
反射板ストーブってのは臭いもんだ。燃えるときと消えるときは結構。それ以外も少し臭いよ、臭いんだけど、これは異常じゃね?蹴飛ばして消したときみたいな臭いが燃えている間ずーっと有る。なので、窓を開け、ふすまを開け放っていないと付けていられない。
気分がかなり悪い。
ストーブが付いている間中、ぼんやりしているし、眠い。
昨日も私は旅行で出かけたイベントの夢を見ながら、風呂で居眠りしてしまった。
ふと見ると、かけて居たやかんが真っ黒になっている。
ぎょっとした。
煤で真っ黒けなのだ。
鼻をかんでみる。あがが、真っ黒。
家中至る所に煤が降り積もっている。
洗濯をすれば荒い水が真っ黒、風呂にお湯を張れば煤が浮いて浴槽に黒いふちがつくしまつ。
なんだこりゃいったい。
しゅっしゅっぽっぽ、蒸気機関車かよ。
いや、本物は見た事ないです。仮面ライダー世代ですが、再放送です。年齢サバよんでませんよ?
油の煤は始末が悪い。
木を燃やした煤なんかと違って、煤も油っぽく、石鹸で洗わないと取れない。
そういえばここ数日、ストーブをたいてから咽せていた。少なからず煤を吸ってるね、こりゃ。うえー。
ああ、気持ち悪い。
ストーブを取り替えようかと思ったが、芯を帰る事で改善されるらしいので、替芯を急遽注文。
替芯が届くまでの間大きなストーブを使う事に。
なんだけど。
ここ数日のストーブ騒動で体調最悪。
おまけに旅行の影響も出て来てふらふらのヨタヨタ。
案の定灯油をこぼしてしまった。
くせえー。
玄関はコンクリートだから良いけど、あー参った。
私もやっぱり化学物質過敏症なのです、灯油ストーブでやっぱり気分が悪くなる。
指が効かなくなり、思考力、視力が低下する。
冬の間は年中灯油をこぼしてしまっている。
親と住み始める家は薪ストーブを導入する予定である。
ああ、はやいとこ石油文明とはおさらばしたいもんです。

Posted at 20:04 | この記事のURL | Clip!!

こう言う人生なのかしら[2009年11月20日(金)]

なんだかね。
私の人生を短い言葉で言い表すと、まず、
苦痛。
いやもうこれはしょうがないね、苦痛の申し子なんだから。
そして
根性。
不屈。
苦痛の人生だからこうなったのかも。
苦労と挫折と努力と忍耐と絶望と、そういったものは人生当たり前なので除くとする。
あとはアレだ。
遠い。
いや、ホント。
笑っちゃうけど。
幼稚園の頃からひたすら遠かった。
最初は親に車で送ってもらう程遠い隣町だったし、次にいった所は子供の足で40分はかかる所だったし、小学校も遠かったなあ。徒歩30分以上かかったような。
中学校がまた遠かった。
電車とバスで二時間。
高校も同じ場所だ。
美術学校も電車で一時間とちょっと。これは高校の後だから近く感じたけど。
留学中も電車で通ってたし。
そして今は親元や親戚のいる関東から遠く遠く離れた島根県じゃあないですか。
しかも島根県西部だ。
趣味のコスプレしにイベントにいこうにも松江まで車で三時間半、出雲だって大差ないぞ、オイ。広島だって三時間はかかるぞ。
ああ,それをいったら何か買いにいくんだって車で三十分だよ。
それに比べて兄貴は、遠かったのは幼稚園だけ、小学校から大学まで歩きか自転車で通っているし、職場も今は隣みたいなアパートから通ってるし。
もうそういう人生としか言いようがない。
あーあ。
でもよく考えてみればね。
私自身がそういう道を選択してるような、そんな気もするんだよね。
この体に産まれて来たのは私の意志じゃないが、これまでの短い人生を、低い所にはあえて流れようとしてこなかったような。
やっぱ相当ひねくれ者かもしれない,私は。
なにしろ壁が有ればぶち破り、破れなければこじ開け、壁がなければ積み上げて、みたいな人生。
イラストレーターにだって、別にならなくたって良かったのだ。
こんな大変な仕事を選ばなくたって良かったのだ。
ニートになろうと思えば出来ただろうし、私はそう優しい人生を生きて来たわけじゃないから今までの人生の局面局面で、ヒッキーや鬱になったっておかしかなかっただろう。
それでも常に逆風の中に居た。
暖かい暖炉の前より、冷たい外を選んだ。
いじめられても差別されてもひたすら耐える事を選び、普通の人間に生まれ変わるより異端者として耐え忍ぶ事を選び、便利で楽な都会よりめんどっちいし大変だしな田舎を選び。
努力は放棄しようと思えばいくらでも出来るのだ。
怠けようと思えばいくらでも出来るのだ。
でもそうしない。
なぜなら、自分が嫌いだから。
自分は徹底的に扱下ろされ、絶望の底で足掻けど足掻けど浮上できず、上げた頭を小突き続けられなくてはならない。
痛めつけられ、ぼろぼろになって地獄をのたうち回る自分を、遠く離れた所で眺め、安らいでいる私が居る。
なぜなら、自分が楽をしているなんて私は絶対に許せない。殺してやりたい程に憎たらしいから。嫌いなんだよ、大嫌いなんだよ。
こう言う人生なんだろうね。
これまでの短い人生で悩んだかもしれないし、苦しんだかもしれないけど、そんな事はどうだっていいんだよね。
だって人生は苦しい物なんじゃないのか?
化学物質過敏症と言う枷がなければ、私はもっと楽に生きたかもしれない、とか、こうにも悩み苦しむ事はなかっただろう、とか、そういう考え方はしない。
不具に産まれてこなかったら、私は自分の両手を切り落としたと思う、多分。
私はまともじゃないから。
苦痛の中で生きてこそ,安らぐのか。
死ぬときはきっとほっとする。多分。

Posted at 21:17 | この記事のURL | Clip!!

家を建てるに使える材料とは[2009年11月19日(木)]

化学物質過敏症、家を建てる第二弾。

土地も決まって,さあ交渉だあ!とうきうきしていた。
旅行のつもりで実家に戻っていた私、明日はコスプレイベント、それも長く居られる屋外イベントだ、ヤッター!としていた所に来た一本の電話。
地主さんからだった。
電話する父の様子から、あんまり良い話じゃないな、と察していたのだが、どうやら結果は最悪の、やっぱ売るの辞めた。
あーあ。
振り出しだ。
まあしょうがない。最初からそううまくいくもんでもないよ。帰ってまた聞き込み調査だ。
以前の私なら、強い精神症状がここで誘発されたかもしれないが、驚く程落ち着いている。
精神症状なんて物は,出ているときは辛い物だが、なくなってしまえばどうってことなかったりしてね。
以前は家族で暮らすと言う事が起爆剤だった。
家族で暮らす事に成るであろう将来をちらっとでも聞こう物なら自殺したくなったものだった。
化学物質過敏症で、家族との軋轢に苦しむ方はきっと沢山居ると思う。
でも私は何も言えない。
意地悪で言わないのではない。
何も、言えないのだ。

精神症状がどっかに言ってくれたおかげで、私は翌日のイベントをむちゃくちゃ楽しんだ。
仕事で稼ぐ目的まで見いだしてしまったし、中度へ回復する事への希望も見いだしてしまった。
私は普通だった事は無いから、世間一般の化学物質過敏症対策はごくごく当たり前の事だから、なんら特別な事でもないし、化学物質過敏症は全く日常の産物と成り果てている。
でもイベントにこうやってまた行ける為に、割といろいろできた中度の時に戻りたいな、と思ったのだ。
コスプレ会場へは母が送ってくれたのだが,様々な年齢層の参加者を見た母がなんだか感動したらしい。
もともと理解の有る母だが、良い趣味だねえ、と一言。
えへへ、でしょー?私もコスプレに返り咲いたおかげで、今回の気持ちを得る事が出来たのだ。
自分の事は嫌いだし、好きになんて成ろうとも思わないが、とにかく世間に認められたい、いやそんなに大きな事じゃなくて良い、たった一人で良いから、青職人さん、この仕事は貴方にお願いします、ただそれだけの為に、それをくれるなら魂だって売り渡したって良かった程の私が、世間一般並みに、あの楽しみの為にお金を貯めよう、と思ったのだ。
私はやっと、普通の人達のステージに上がれたのだ。

そしてもう一つ、変化した事が有る。
帰りの飛行機に乗る時、見送ってくれる両親を見て初めて、寂しいと思った。
離れがたいと思った。
以前なら、家族と離れる為に地獄の果てにだって逃げていきたかった私だ。
誤解しないでいただきたいのは、家は全く普通の家だという事だ。
両親が離婚したわけでもない、子供の前で夫婦けんかをしまくっていたわけでもない。虐待されていたわけでもない。
私は申し訳ない程に、謝っても誤り足りない程に愛していただいて育てていただいて来た。
価値のない人間に産まれて来ても、なんとか価値の有る普通の人に仕立ててくれようと、物凄く苦労ばかりしてくれた、すばらしい人達である。
けれども先天的な化学物質過敏症が私をそう仕立て上げたのか、私はあんまりまともな人間にな成らなかった。この体に産まれて来た私が悪いのだが、もし私が、産まれる前に消滅してしまえたなら、消えてしまえば良かったと今も思う。
だからまあ、こっちに帰って来て精出して土地を探さねばなあ、と思ったのだ。
以前なら、ずっと見つからなければ良い,と思っていた。でも今はね、探さねばなあ,と思うのだ。

さて、肝心の家だが、当然新建材なんて使えない。
骨組みと屋根だけを業者に頼み、床と壁は自分で張る。
危険な化学物質が入らないよう、見はってなければ。
壁は木の、いわゆる平屋の木のおうち、に成る予定。
珪藻土はボンドを使っているから使えないのだ。
木造の骨組みに瓦屋根、珪藻土、といったら、普通の人には限りなく安全な家屋だろうが、たとえ一%でも危険物質は排除しなければならない。
漆喰の泥壁なら安全なのだそうだがー、大変だね。
嘲笑したいか?嘲笑したがる人は沢山居る。そうだよ、私は、普通の人間じゃないんだよ。
この世に産まれ落ちた瞬間から、苦痛しか知らない様に運命づけられた、異端の人間なんだよ。
普通の人は幸いだ。
苦痛というものを生涯知らず、苦労と言う物を生涯知らず、周囲から攻撃される事も無く、自分の理解できない物を攻撃して。
そういう時私は、天性の苦痛の申し子に産まれて来た事を、誇りに思う。

・・・水掛け論はバカバカしいのでここでおしまい。
家を建てる木について。
今は木材は安い輸入材が主流だが、知り合いの製材屋さんに聞いた所、木は本当は育ったその場所で家に成るのが一番なのだそうだ。
なんかちょっと素敵な話でしょ。
木も生きものだから、製材されてからも伸び縮みする。湿度や温度が極端に変わらない方が良いと言う事なのだろう。
土地を選ぶ場合、農地は宅地転用をしなくては成らないので結構ややっこしい。
それ以外の問題も有る。
先祖代々大切に守り抜いて来た畑を譲り渡したがらない人も多いし、実は畑やたんぼはボコボコで、地ならしが超大変らしい。
化学物質過敏症ならではの問題も有る。
棚田の一番上、とかならまだしも、田畑は大抵平らな低地に作る。そりゃそうだ、水は低きに流れるもの。
低きに流れるのは水だけゃ無い。
そう、農薬である。
農薬は重いので、低地にとどまり、余りあがらないものだ。まいあがってしまったら勿体ないからね。
だから畑の中に家を建てると言う事は、農薬の集中砲火を浴びる事に成るのだ。
なので、土地を選ぶなら高台が良い。
有る程度高い所に居を構えると言う事は、水害の時以外に農薬から逃れる為にも必要な事なのだ。


ではとりあえず、今日はここまで。
再度土地探しに入る。



Posted at 12:46 | 重度化学物質過敏症、家を建てる | この記事のURL | Clip!! | コメント(2)

帰ってきました[2009年11月18日(水)]

ただいま旅行から帰りました。
かなり良い旅だったなあー。
ただ飛行機は結構辛かった。
いく前に吸収缶を大量買い、マスクも新しくしたのだが、手配したのがギリギリなのも有ってまだ新しいマスクは臭いが抜けず、古いマスクをした。
のだけど,古いマスクはゴムパッキンがへたって来ているので、可也きつく締め紐を締めないと意味が無い。強く締め付けているから鼻にあたってそこが腫れる。お出来になる事も有る。
それが酷いとこれまた結構痛いのだ。
有機溶剤マスクや送気マスクは、密着していないと意味が無いからしょうがない。
帰りは新しいマスクの方の臭いが抜けたので、そっちを使ったから幾らか楽だったけれどp、卸したてのマスクはやっぱりゴムパッキンが硬い。
日常使いで有機溶剤マスク本体の寿命を一年とすると、1、2ヶ月ぐらい使ってなじんだ頃が一番装着感が良いかもしれない。
あくまで主観だけど。
もちろん、正しい装着をしないと意味が無いわけだし、マスクで守れるのは呼吸器のみである。
実際化学物質に曝されながらいくわけだから、辛いのは覚悟の上である。結構今も辛いんだけど、でも嬉しかったし、良かったですよ。
私は化学物質過敏症との永い戦いに、抵抗するより苦痛そのものになれる事を選んだのだ。
だから、大丈夫なのだ。
苦痛と言う対価を払って出かけた旅行で、良い旅だった、とおもえたのは高校の卒業旅行に次いで二回目である。
今回の旅で一番だったのはやっぱりイベントで、これは大きな収穫だった。
良い写真が撮れたとか,そういう事じゃなく、また来年もやりたいなあ、と思ったのだ。
これが私にとっては一番重要。
私は今まで楽しみにあまり重きを置かなかった。
贅沢は嫌い、欲しい物は仕事だけ。稼いだお金は半分を生活費に充て、半分を何の目的も無く貯金する。
そんな私が初めて、ああ、仕事の中から航空券代をすこしずつためて、また来年イベントにいこう、と思ったのだ。
そして初めて、回復する事への希望を抱いたのだ。
私は先天性の化学物質過敏症だ。
私の苦痛は日常の産物である。
貧しい人間が、貧しさしか知らない様に、私は人生の中で苦痛しか知らない。
そしてまたそれが当たり前なのだ。
なおったらあそこにいこう、あれをしよう、と言うふうには、思わないのだ。
なおったらどう、では無く、これが当然,ならどうやってやるか、が私の考えである。
だから時折、青職人さん、本当に化学物質過敏症なの?と言われる事も有るが、多分、先天的に背負ったらそうなるのかもしれないね。
私は体には恵まれなかったけれど、精神的な強靭さには自信が有るよ。
生涯むち打たれたって負けはしないさ。
私は絶望の底でこそ安らぐ。
絶望の底でこそ眠る。
その根本的な部分は変わらないし、私がまともだった記憶なんて無いのだから、回復すると言うと語弊が有るかもしれない。
だから言い直そう。
そうだな、せめて中度ぐらいになると良いね。
勿論一生涯マスクは外れないと思う。でもそれで良いんだよ、その程度で良いんだよ。
普通の人間に、生まれ変わってくる必要なんて、どこにも無いんだから。
泣いたって良いんだよ、人生は苦しいものなんだから。
苦痛を背負って坂道をあがり続けていたって良いんだよ。
私はまともじゃないし、ろくな人間じゃないかもしれないが、私はやっぱり私として普通の人間なんだよ。

マスクはしていたって良いんだよ。
人生は苦痛で良いんだよ。
必ず治る、なんて言い聞かせなくて良い。
私にとっては、生まれ変わる事だから。
年金はもらっていていい。
障害者だって良い。
だからさ、稼ぎの中から、生活費と保険料と印紙を差し引いて、その中から少しずつ一年かけてへそくって、またマスクをしてイベントに行こうね。
次にはもう少し、交通機関が平気になっていると良いね。
軽度まで、戻らなくていいから。
戻れなくていいから。私は普通の人間じゃないんだから。
普通の人間に生きたまま生まれ変わる必要は、きっと無いんだと思うのだ。

色々有った一年だったなあ。
いや、二年と言うべきか。
ともかくふるさとに帰って来たこの二年は、ほんとうに色々あったし、いろいろ変化もしてくれた。
ひさしぶりに家族に会うと、私が変わったのか、それとも家族が変わったのか、昔よりずっと理解してくれているのに驚く。
確信は無いし、確信は多分出来ないが、私は以前ほどお面を被る必要はなくなりつつ有るのか。
私が家を嫌いで、逃げ出して来たのはそれだけの理由があったからだ。
私はふるさとに帰って来た時点で自殺したって良かったのだ、あの頃は。
なんでしなかったか、はまあ、意気地なしだったんだろう,私が。なんで死ななかったかなあ、もう忘れてしまったよ。
どんなに苦しくても生きぬくんだ、と高尚な事を思ったわけではない事は保証しよう。そもそも私は、そういう考え方はダイッキライ。人生は苦痛が当然ではないか?
悪かったね,天性の苦痛の申し子はひねくれ者なんだよ。
でも今になってみるとね、優しい、理解の有る両親を前にするとほんの少しこっちに帰ってくるのが寂しく思えたりしてね。
でもなあ、やっぱり、そんな両親をみるほどに、様々な思いや気持ちが入り交じって、やっぱり御免なさいなんだよ。
愛してくれて、申し訳ございません。
産まれて、御免なさい。

Posted at 12:33 | この記事のURL | Clip!!

イベントと、面と衣装の考察。[2009年11月16日(月)]

今日は進修館のイベント行ってきました。
今まで参加したイベントの中では最遠でしょうな、飛行機でいったのははじめてですぜ。まあ実家にかえったのでそこからは車ですが。
実家に帰ったついでかって?いえいえ、実家がついでなんです。本命はこっち。大本命。
本命も本命、だって今日は併せです。
ダブルライダーですよ、うっひょおおおおお!!!
何度この日を夢見たことでしょう。
夢にも見ました、想像しては喜び悶えてました。
あーーもう。
実は私、コス暦が長い割にこういう自前に打ち合わせた併せは初です。
昔は今みたいにアーカイブなんかの交流サイトもそこまで大きくなかったし、私は幅広く好き、より、狭く深く好き派なのでなかなかあわせがやりにくい。ましてや仮面ライダーの変身後なんてなかなか集まりませんがな。
私だって初心者の頃は思いつかなかったし。

唯一の併せ経験がテイルズオンリー。あれはまったく偶然に、チェスター、クレス、ミラルド、アーチェが居たのでした。ちなみに私はクラース。
あの時オンリーってのはいいもんだと思ったもんですが、やっぱ自前に約束した併せっていいなあ!!

自分以外の変身後昭和ライダーに会うのはこれが始めて。
イベントで、好きなキャラに大喜びで駆け寄るファンの気持ちが始めて理解できた瞬間。
自分もライダーなのに、不思議ですね、一号が二号を初めて見たときは、どう思ったのかなあ。
私が一号だったら、感動かもしれない。
それこそ思いつく限りとりまくり、からみまくり、しょっちゅうとらせてくれの声をかけられながら。
子供も居ましたよ、ヒーローとしては嬉しいじゃないですかあ!
幸せなひと時でしたねー。
なによりここのイベントは屋外スペースがあるのが本当に助かる。
屋外スペースが無いとマスクを面の中に仕込んでいても長時間は不可能。
もって2時間でしょう。
だから今回は本当に良かった。
幸せだ、満足だ、もう死んでもいいぐらい(おい)
いやあ、でもほんとうに、嬉しいぞ。過去形じゃなく現在進行形で。
またやりたいもんです、いやほんとうに。
また一回り、言い方は変だけど、コスプレが好きになったよ。
返り咲いて本当に良かったと思いますよ。
コスプレって幸せな趣味だねえ。

そしてほかの方の面と衣装を見るのも初めてです。
大いに参考になりましたぞ。
ジャージ生地よりレザー生地のほうがやはりコンバーターラングの自重に対する縦の強度は強いんだそうな。
つまり弛まないということ.
スーパー1の衣装はトレーナー生地を使おうと思っていましたが、厚すぎると体の線が出にくくなる、薄いとやはりそこは危惧していたのですが、胸のラングなんかの重みに耐えないでしょう。
そう考えるとレザーのほうがいいのかな。
裏側にボタンなんかをつけて、中に着るTシャツなんかに留める、内側から紐で釣る、中に着るものを調整する、などさまざまに考えられますが、一番はレザーなのでしょうかな。
そして面。
私の面は補修や修正を繰り返したせいで非常に重く、長時間装備はきついものがある。
相方に見せてもらった面は非常に軽量でした。
FRPは薄いとぱきっと折れてしまう事があって、つい厚くしてたけれど、プロはいかに薄く強度を出すかが重要なのだそうな。
もう一個作ってもいいけれど、あの面はさまざまな思いもいっしょに織り込まれた大切なもの。
できればずっとお付き合いしたい面です。だからまあ、電動サンダ買おうかな。
内側を削れば結構軽量化を図れると思うんだよねー、バリを削るだけでも違うだろうし、どうせFRPはまたやるし。
ただCアイの美しさはうらやましいなあ。
アクリル使いたいものです。
あごのクラッシャーはゴムひもを頭にかけて留めているのですが、ゴムひもだけだとどうしても弱い。
重いから自重でふらふらしてそれが不快。なので今回は古くなったガスマスクの締め紐を流用。
軟質プラスチックのベルトを頭にかけ、首の後ろでゴムひもをぱちっと留める形。ガスマスクは密着が命なので絶対しっかりとまると思ったのでした。
結果は大成功。さすがはガスマスクのスペシャリスト、重松のマスクの紐なだけのことはある。考え抜かれたデザインじゃあないでいすか。
しっかりととめつけられ、ぜんぜんずれない。これは見事。
私のクラッシャーは耳も覆ってしまうのですが、そのとき折れ曲がった耳を隙間から手を入れて直しても内蔵のマスクがずれないことには感動。

この日のために研究、改良を重ねたアンコもかなり良かった。
しばらくこれを使います。
ああ、でもマスクの内側を削るならもう少しスポンジが盛れそう。
ああ、でもいいなあ、ほんと。
いいよね、イベントって。
やっぱいいよね。

実は今は実家のパソコン。
フォトショップが入ってません。
実家に帰って画像を処理したら改めて写真をアップです。

Posted at 00:17 | この記事のURL | Clip!!

重度化学物質過敏症、家を建てる[2009年11月13日(金)]

昨日の宣言通り、家を建てる編スタート。
だけどここのブログももうすぐ変わってしまうので、そうなったら続きは別場所から、ということになりますんでよろしく。

土地はまあまあな場所が見つかった。もうばらしてしまうが、島根県石見地方にある浜田市、合併で今は浜田市になっているが昔は村だった弥栄と言う所。
私の出身地は浜田の海である。

さて、見つかった土地は今住んでいる家の敷地内で、いまでは杉ボウボウの所。都会では考えられないが、田舎では皆土地持ちだ。山一個二個、たんぼどっちゃりなんて当たり前である。
もう一カ所は元宅地だったところ。ここも広く、日当り良好。今の家のはす向かい。

第一候補の杉ボウボウは、地主が今の大家さんで、打診した結果、売る気持ちは有るとの事。
なので通りやすさではこちらが上。
整地をしないといけないので、面倒と言えば面倒だが、朝日が入る良い場所では有る。
今では杉の為に日当り最悪の場所だが、杉を植える前は日の降り注ぐ、気持ちのよい場所だっただそうな。
地元の年寄り、お隣さんが言うんだから間違いない。

今回の場所探しにも事情が有った。それは、今居る集落から出たくないと言う事。
周りの人は判らないから、なにも日高に固執する事はないのに、と言っていたが、さあさあ、その事情と言うのがね、集落の人との人間関係なのだ。
人間関係はどこへ行ってもあまり変わらない、最初から築く物だ、と言われるかもしれない。
全くその通り。
だが、私にとってはこの二年で築いたものが異常と言っても良い程重要なのだ。

わたしは、普通の人間ではないから。
何をするにも普通の人間と同じにする事は出来ない。
化学物質過敏症で生きていくにあたって、最も重要なのは周囲に認知してもらう事だ。
今の家も度真ん前がたんぼだが、そこを作っている人は、ヘビースモーカーに関わらず、私の前では絶対にタバコを吸わないでいてくれる。
そしてもっと重要な事に、年に二回のいもち病の防除は勿論、肥料をまくときでさえ一言いってくれる。
さあさあ、そこが重要なのだ。
どんなに悪質な化学物質でも、自前に言ってもらえるのと貰えないのとでは雲泥の差なのである。
まだある。
田舎は月に一回自治会の集会が有って出なくてはならない。だが私には当然いく事は出来ない。
それらが出来ない理由は、口で言っても判ってもらえる物ではない。
普通の人には到底理解できる事ではないと思う。
これを読んでくださっている大半の方は、ふうん・・・・、だろう。そういう物だ。
実際化学物質過敏症は気分障害、精神病と混同され、激しく攻撃される事も決して少なくないのである。
でもそれは当然だ。
譲歩するより、攻撃する方が楽だもの。

だから、認知してもらう為には化学物質で重度の化学物質過敏症の人間が、どのように変化するのかを目の当たりにしてもらうしか無いのだ。
私がもっと、見た目明らかにおかしければ良かったのだ。
私は見た目には五体満足の、どちらかと言えば結構力持ちな方、健康な若者である。
それが、目前で煙草を吸われた瞬間、涙はぼろぼろ、呼吸は出来ない、関節の痛みとふらつきでまっすぐ有る事さえ出来なくなる姿を、美容院から帰って来た直後の人を前にして、顔が腫れ上がり、腎臓の出血の為に腰が立たなくなり、物を掴む事も出来なくなり、出し抜けに意識を失う姿を、集会所に入る為に、アスベスト除去作業の為のごつい送気マスクを付けた異形の姿を、そして高濃度の化学物質に筋肉が麻痺したのと、マスクの重さに歩く事さえ出来なくなり、やっと這い出して逃げていく姿を、目の当たりにしてもらうしか無い。
そしてそうやってやって来た。
攻撃もされて来た。
あざ笑われても来た。
けれどもそうやって、皆からの認知と信用を買って来たのだ。

金や物で理解や信用を買う様に、私は苦痛で周囲の信用や理解を買うのである。
化学物質過敏症にとって、苦痛は周囲からの認知を買う金なのだ。
家族との関係だってそうだ。
24年間ずっと、苦痛と言うなの金を払い続けて来たと言っても良い。
身を削って命を削って、三度は死ぬ経験もしたし、死んでしまえば良かったかもしれないけれど。
まるで返しきれない借金を、一生かかって返し続けているようだ。
けれどもそうやって苦痛を払って買うしか無いのだ。
しょうがないでしょう?
私は、普通の人間ではない。

だからこそ、出ていきたくないのだ。
他の集落にいけばまた一から犠牲を払い続けなければならない。
絶対に理解できる事ではないと思うが、これは決して重度の化学物質過敏症の人間にとって楽な仕事ではない。
命を張るといっても過言ではないだろう。それが日常だから、平気なのだけど。
軽度、中度、中重度、重度、きわめて重度、とずっと経験して来たが、やっぱりね、人間は自分の理解できない事に譲歩するのは難しいのだ。
軽度や中度より、重度の方がずっと説得力が有る。
悲しい?
悲しんだって始まらない。
人間は暖かく優しくも有るが、攻撃的で、排他的でもあるのだ。それが本質のような気がしてならない。

だからこそ、この集落に固執する。
そうそう体も保つものではない。
私は自分の為には生きていないので、私だけ天涯孤独の無職の無頼漢だったら、死んだって構わないのだ。
けれど私は自分以外の人達の為に生きている部分だって今は結構有る。
だからまた1から苦痛で認知を買い、死ぬような事が有ったら、家を建てる意味なんてなくなってしまうのだ。

そう、私は天涯孤独の無頼の無職だったら、きっとこの歳まで生きなかった。
死んで良かったのだ。


集落を離れない本当の理由は、誰にもいっていない。
表向きには今から集落を変わるのが面倒くさい、と言っているし、これは、表向きではなく殆ど本音なのだけど、80近いお隣さんの側に居てやりたいのだ。
それだけの理由付けで理解を示してくれ、この集落で家を建てようという方向性に持っていってくれた両親には本当に感謝であり,そして御免なさいである。

では、そろそろ私は商談にいかなくてはならない。
続きはまた次回。
次回はもう少し実用的な話、家を建てる時には中古家屋か、新品家屋か、どの材料を使うのか、等をお送りします。



Posted at 12:33 | 重度化学物質過敏症、家を建てる | この記事のURL | Clip!!

えーん[2009年11月12日(木)]

これから家を建てる事に付いて色々描いたのですが、投稿時に飛んでしまいました、えーーーん!!
でもこれから、重度化学物質過敏症が、田舎に新築の家を建てる!コラムを作っていこうと思います。
でもあれだけ時間かけてかいた記事、これからもう一回書き直すの嫌です==。
なので、出来ればあしたから,と言う事で。

Posted at 16:16 | この記事のURL | Clip!!

苦痛を計りにかけろ[2009年11月11日(水)]

腰が痛いです。生理痛で。
24年の耐久人生で、大抵の苦痛は屁のカッパ状態になっているけれど、これには勝てません。
んでもって、どうやら風邪を引いた模様。
超珍しい。私は滅多に風邪を引かない。私の風邪は必ず鼻からくるので最初は秋の花粉症かと思ったが、耳が痒くならないので、どうやら違うらしい事が判明。
多分原因としては親が食わしてくれているので栄養が付きすぎたのだろう。風邪のばい菌は栄養たっぷり、元気いっぱいな体にしか住みたがらない物だ。風邪を引く、というのは裏を返せば栄養十分、健康な証拠なのだ。
風邪をひかない体、ではなく、風邪もひかない体、というのも有るのである。
人間足りないぐらいがちょうどいいと思うぞ。
夏は暑く、冬は寒い物だ。
上を見ればきりがなく、贅沢はやり出せば終わりが無い。
望みすぎるから満足しない。心も体も脆弱になる。
人生は我慢してナンボな所も有る。
耐久人生生きて来たからそんな考え方になるのかもしれないけど、とかく私は、ぜーたくってものが嫌いだ。
するのも、言うのも。
もし灯油が無かったら、買いに行くより、慣れて耐える方を選ぶ。
やっぱり耐乏人生の結果かも。

ああ、しかし、鼻が乾く。
でもまあ、化学物質過敏症に比べたら風邪なんて辛い程の物でもないやね。
重度になる前は風邪を引くと耳鼻科に行って鼻を消毒してもらっていた。そうすると一発で直った物だが、今は行こうとは思わない。
風邪の苦しみのかわりに、化学物質過敏症の苦しみを買うなんてバカ以上の行為ではないか?
1の苦痛を我慢せず、100の苦しみを買いに行く事は無かろう。
私が自ら苦痛を買う行為をする時、例えばFRP造形をしたりとか、そういったこと、は、それが苦痛より高い価値を持っていると感じたときだ。
つまりこうである。
ちょっと高いけど、これなら買ってもいいや、と思う事と同じなのだ。
お金が苦痛に成り代わっただけの話。
苦痛が売れりゃあ私はどんどん商売するのに。
苦痛なんて、悪魔しか買いたがらないよねえ。
こんな事言うと、化学物質過敏症の患者として、とか反感を買うかもしれないけど、何事も賛否両論は付き物だ。
別に大金持ちになりたいわけじゃないぞ。そりゃお金は必要だよね、生きて行くのにもお金がいる、商売するのだって、仕事するのだって、営業するのだってお金がいるのだ、経費って奴だ。だから稼ぐ。私は一人でやっているから、食わさなければ行けない従業員は居ないけれど、自分の仕事は生かして行かなければならないから。
そういった事をふまえた上で、私は商売する事が好きなのだ。
絵が好きとか、デザインが好きとか、それ以上にお客様が好きなのだ。

私はイラストレーターになりたくてなったわけではないので、絵が嫌いになったって全然構わないのだー、っとたまには豪快に、嫌みったらしく、威張ったら、怒る?
でも愛してんだよー、仕事はむっちゃくちゃ。
命だって投げ出したって良いぐらいに愛してんだよ。
そしてもちろん、お判りになると思うけれど、だからこそ、死ねないんだけど。

絵が本当に好きなら、イラストレーターになんてならない事だ。
本当に好きなら、趣味しておくのが一番幸せなのだ。
だから私は、造形師に成れなかったし、子供の頃憧れて、今でも時折強いあこがれがこみ上げる映像を撮る世界にも入れなかった。
でもいいのだ。それは生まれ変わってからやれば良いのだ。死ぬまで憧れに恋しているのがきっと幸せなのだ。
もし私がプロの造形しだったとしたら、ライダーマスク製作であそこまでの喜びと楽しさは味わえなかっただろうと思う。
私はもう絵を描いて、ああ,楽しい、楽しい、とはもう思わないもんね。
だから嫌ってわけじゃないぞ。かわりに、もう愛おしくて、愛おしくて、たまらないのだから。仕事の為に、クライアントの為に、どんどん自分を向上して行こうと自動的に思うし、自動的にやるしね。
いいもんだよ、やっぱ仕事って言う物は。

産まれて来て良かったとは、言わない。余り簡単じゃないいろんな事情があるし、いろんな意地もあるから。
そのかわり、生きてて良かったと思うよ。3回は死にかけてるけど、一回は自殺未遂してるけど、でも仕事の為に生きてて良かったと思うよ。今も、きっとこれからも。


Posted at 13:50 | この記事のURL | Clip!!

絶賛したくなる[2009年11月10日(火)]

突然入った押せ押せ仕事の大幅修正で、昨日はほぼ徹夜状態で、今日も起きてすぐに最終仕上げをし、クライアントにメールと電話。
いやはー、イラストレーションは一発OKで、修正はデザインワークだけだったから助かった。
イラストレーションはどんなに急いでも限界って言う物が有る。いやデザインワークだってそうなんだけど。
あー,くたびれた。
でもねえ、クライアントの前では疲れた顔はしないのが鉄則だと私は思うよ。
営業職で、顧客相手に愚痴や文句を垂れ流すのは言語道断だと思うね。
どんな時にも、自分の商品を買いに来た相手に対しては私情は決して持ち込まない、これが基本だと思うのだ。
商売の鉄則は、バカになる事らしい。
頭のいい人程商売がヘタクソなのだそうな。
商談で相手を言い負かすような事をしたがる人は商売がうまく行かない。言い負かされたらいい気持ちはしない物である。
3セロ、と言うけれど、商売の話をちょろっとしたら、後はお茶でも出して世間話でもした方が良いのかもしれない。
まあ徹底的に平べったくなって、徹底的に求められた事を料理する事だろうね。
イラストレーター,デザイナーは芸術家じゃないんだから、自分の判断、感性を相手にゴリ押ししたらおしまいって奴だ。
そこだけは忘れない様にしないとならんよね。

ああ、だけど疲れたぞ、さすがに眠いぞ。
でもまだ連絡が来るから寝てるわけに行かない。

今回はフォントを入れようと、即戦プロ技フリーフォント&文字デザインコレクションと言う本を使ってみた。
付録のCDのフォント集がウレシイ。
アイデア集もウレシイ。
これはほんとに使える。
まさに即戦プロ技。これは絶賛。
著作権フリーではないフォントも多いので、今回みたいな押せ押せ仕事では自前に連絡する時間がなく、おお、これはいいな、と思ったフォントを使えなかったのが残念と言えば残念。
まあこう言うときはしょうがない。

そういえば昔図書館で、デザイナーの仕事を助ける本、というアイデア集が有った。
あれはかなり面白かったし、参考になるが、まだ出てるのかな、あの本。
表紙の挿絵がとにかく面白くて、たすかったーー、という人の絵なのだった。
雪山で、助ける本を焼いて凍死しなかった人、無人島で助ける本を積み上げてヤシの実を取れた人等あるのだが、ケッサクなのが真っ裸で歩いている男の人。女の人達に笑われ、照れながら、助ける本で前を隠して歩いているという。
誰だか存じませんが、それを描いたイラストレーターに拍手を送りたい。

さてまた次の仕事せねば。
いやー、でも疲れたし。

とおもったらクライアントさんがやってきました。
わずかな修正を経て、完成。
そしてその時点で指摘されるまで薪と新を思いっきり間違えていた事に気がつかなかった私。
何やってんだー!!
今回は余り系家員の無いデザインワークでありながら、自信有る出来で、私的には満足なのと、クライアントがめちゃくちゃ喜んでくれて、それがすげえ嬉しい。いやあ、ホント、こんなに幸せで良いんだろうか。
私がどれだけ自信が有っても、私がどれだけ気に入っていても、クライアントが喜んでくれなければただのカスだ。
おまけに今回は広告なのだからして。
ちゃんとした効果が上がらなければただの紙切れになってしまう。
もっと勉強してクライアントに応えなければなー。
ああ、でも今日はもう疲れたぞ。


Posted at 11:02 | この記事のURL | Clip!!

順調と言うのかしら[2009年11月08日(日)]

土地がまずまずの所が見つかったから、次は交渉や情報収集に入る。
地元の人とは皆なかよしなので、こうゆう時いい。
良い話になって欲しいもんです。

今日は市街地に行ったので、結構来てる。
買い物は親父にやってもらったけど、自分で行ったらもっとだよなあ。
ここんところ顔も頭も腫れっぱなし。
お面がはいらなくなっちまう、と言うのは悪い冗談。
精神面は落ち着いているので良いけどね。

いくらするのか知らないけれど、私が行けないホームセンターに、アメリカのキャットフードが売っているらしく、夏に両親が来た時に買って来たら、家の猫がすっかりそれを気に入ってしまった。
なのでまた買って来たらしい。
アマゾンでもセブンアンドワイでも売ってないし、それしか食べなくなったら困るなあ。
日本のキャットフードは魚主体なのに対し、アメリカのは肉が主体。
アメリカの猫だから、そういう味が好きなのかもしれない。
実際実家に居る日本猫と、昔買っていた三毛猫は煮干しや魚に目がなかった。
冷凍した魚をおろしておくと、必ず盗み食いしたし、ゴミから魚の骨をあさったりしたが、家の今の猫、チャーリーは魚は見向きもしない。
かわりに肉や乳製品、パンなんかは好きらしい。
外国の小説に登場する猫は、パンとミルクを貰ったりしているシーンが良く出てくるが、まさにそれを地でいってくれている。
と、まあ猫の話は良かった。
深夜電力を使ってアップルパイを焼いていたのだった。
たった今焼けたので、今日は寝るぞー。

Posted at 23:31 | この記事のURL | Clip!!

さあ、もう一仕事[2009年11月07日(土)]

月曜まで更新できないと言っておきながら、終わりました(笑)
でも昨日は徹夜仕事、今日は1日仕事でしたよ、やっぱり。

ほかはどうだか知らないけれど、家はデザインワークとイラストレーションと両方やる人になりつつ有る。
田舎がそうなのか、最近の傾向がそうなのか、チェックして、即印刷屋さんに持って行ける形をお客様が求められる。
まだ学生だった頃、イラストレーターは絵を作る人、デザインワークやレイアウト、文字入れはデザイナーの仕事、とさんざん教育され、せっせと植え付けられて来た私なだけに、最初はてんやわんやのてんてこ舞い。
デザイン事務所や広告代理店での経験もなければ実績もない、おまけにこう言う時助けを求められる先輩も居なければ同僚もいないの無い無い尽くし。
でもなんとかやってきましたね、ふー。

日本のイラストレーション市場は非常に大きく、広範囲だから、絵を作る人としてのイラストレーターが求められる業界も有るわけで。
出版なんかは拍子を作るのは装丁の仕事で、案を出すのは編集の仕事で、絵を作るのはイラストレーターの仕事で、と分かれてるんでしょうね、私は出版での経験が実は殆どないので詳しい事は判らないけれど。
市場がこれだけ広範囲な為に、イラストレーターたちは皆フリーランスで、業界らしい業界も無く、エージェントも浸透してない、という話を聞いた事が有る。
でも確かにそうだよなあ。やってみるとね、よくわかる。
アメリカでは市場が小さいので、エージェントが入らないとイラストレーターは成り立たないそうな。
何でもかんでもアメリカアメリカな日本だけど、イラストレーション市場は真似しないで欲しいなあ,と思ったり。
今の業界のあり方を問う人も居るし,私も問う事も有るけれど、いまのあり方だって決して悪くない,とは思うけどなあ。
勿論悪い所も有るんだけど、それはしょうがないよねえ。

もう一つ判った事と言えば、とても気に入っている漫画、「誰も寝てはならぬ」の、タイトルが、ずっと不思議だった。
大阪から来た二人のおじちゃんと、その同級生のおじちゃん三人に、バイトや見習いクンも交えて展開される東京のデザイン事務所のなんて事の無い日常で、クラシックとはおおよそ関係ない内容。
そのどこが誰も寝てはならぬ?と思っていたのだが、実際イラストレーターとしてやって来てみて、笑ってしまう程良く判った。
彼らの気持ちや、その他いろんなのも(笑)
ちょっと嬉しいですよ。

いやあ、仕事って言うのは良いもんです。
ほんとに、働くとか,世間と向き合うとかって良いもんです。
今は地元に焦点を絞っているから、ガスマスクはするけれど打ち合わせが出来る。
クライアントはいろんな人が居る。
親みたいなのも居るし、兄弟みたいなのも居るし。
皆いろんな注文をして来て、いろんな事言います。
皆いろんな話をして、いろんな物ほしがります。
でもなあ、ホント、涙が出る程幸せだよねえ。
クライアントを前にすると心が毎度毎度洗われるというか。
ああ、謙虚にならなくては、商売人として初心を忘れない様にしなくては、といつも思う。
いいよね、ホント、世間と向き合うって言うのは。

こんな田舎の人の居ない、経済の動いていない所に帰ってこないで、東京にしがみついて人に揉まれたかった、デザイン事務所で、仲間や上司に囲まれていたかった、営業回りや,挨拶回りをしたかった、と思った事も有るし、勿論今だって思うし、仕事するならやっぱり東京なんだろうけれど、それでもなあ、やっぱりね、クライアントの顔見ちゃうとね。
どこでも出来るなあ,と思うんだよね。

これからもクライアントの顔を見て笑ったり、泣いたり、応えられないと泣いたりするんだろうけど、良いのだよ、私は、死ぬ程欲しかった物を手に入れた。
青職人さん、お願いします。
クライアントのそれを手に入れたから。だからよかったよねえ。

ではではもう一つ仕事が有るのでやらなくては。
ああ、この瞬間が永遠なら、良いのに。
いや。
永遠じゃ駄目か。
私の作った物が、日の目を見る瞬間が見たいもんね。

前の記事にも書いたけれど、今親父殿が来てます。
急な仕事が入って私がドタバタだったので、ここ二日間飯を作ってくれました。
おいしかったっすー。
そしてありがとうございます。
肝心の目的である新しい家の為の土地探しは近所でよさそな所を発見。
持ち主に交渉しても居ないからまだ何ともだけど、どうなるかねー。
仕事と言う特効薬のおかげで、私の心は実家に居た頃より遥かに回復しているので、土地の事,家の事ではもう強迫観念に押しつぶされたりはしません。
何はともあれ、そこが回復してくれて良かった良かった。
いや本当に。

Posted at 21:26 | この記事のURL | Clip!!

あら大変[2009年11月06日(金)]

超押せ押せの仕事が入ったよー。
今日の夕方に打ち合わせで、月曜日の昼前と言う押せ押せ仕事。
うぎゃぎゃ。
いやでも、クライアントに頭下げられまくってしまったので、頑張るぞーー!!おー!

というわけで、更新月曜まで出来ないと思います。
お許しを。

Posted at 17:30 | この記事のURL | Clip!! | コメント(2)

本日は[2009年11月05日(木)]

本日これから親父を迎えに行きます。
今日の日記がつけられるかどうかはちと怪しい。

Posted at 17:28 | この記事のURL | Clip!!

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