こう言う人生なのかしら[2009年11月20日(金)]
私の人生を短い言葉で言い表すと、まず、
苦痛。
いやもうこれはしょうがないね、苦痛の申し子なんだから。
そして
根性。
不屈。
苦痛の人生だからこうなったのかも。
苦労と挫折と努力と忍耐と絶望と、そういったものは人生当たり前なので除くとする。
あとはアレだ。
遠い。
いや、ホント。
笑っちゃうけど。
幼稚園の頃からひたすら遠かった。
最初は親に車で送ってもらう程遠い隣町だったし、次にいった所は子供の足で40分はかかる所だったし、小学校も遠かったなあ。徒歩30分以上かかったような。
中学校がまた遠かった。
電車とバスで二時間。
高校も同じ場所だ。
美術学校も電車で一時間とちょっと。これは高校の後だから近く感じたけど。
留学中も電車で通ってたし。
そして今は親元や親戚のいる関東から遠く遠く離れた島根県じゃあないですか。
しかも島根県西部だ。
趣味のコスプレしにイベントにいこうにも松江まで車で三時間半、出雲だって大差ないぞ、オイ。広島だって三時間はかかるぞ。
ああ,それをいったら何か買いにいくんだって車で三十分だよ。
それに比べて兄貴は、遠かったのは幼稚園だけ、小学校から大学まで歩きか自転車で通っているし、職場も今は隣みたいなアパートから通ってるし。
もうそういう人生としか言いようがない。
あーあ。
でもよく考えてみればね。
私自身がそういう道を選択してるような、そんな気もするんだよね。
この体に産まれて来たのは私の意志じゃないが、これまでの短い人生を、低い所にはあえて流れようとしてこなかったような。
やっぱ相当ひねくれ者かもしれない,私は。
なにしろ壁が有ればぶち破り、破れなければこじ開け、壁がなければ積み上げて、みたいな人生。
イラストレーターにだって、別にならなくたって良かったのだ。
こんな大変な仕事を選ばなくたって良かったのだ。
ニートになろうと思えば出来ただろうし、私はそう優しい人生を生きて来たわけじゃないから今までの人生の局面局面で、ヒッキーや鬱になったっておかしかなかっただろう。
それでも常に逆風の中に居た。
暖かい暖炉の前より、冷たい外を選んだ。
いじめられても差別されてもひたすら耐える事を選び、普通の人間に生まれ変わるより異端者として耐え忍ぶ事を選び、便利で楽な都会よりめんどっちいし大変だしな田舎を選び。
努力は放棄しようと思えばいくらでも出来るのだ。
怠けようと思えばいくらでも出来るのだ。
でもそうしない。
なぜなら、自分が嫌いだから。
自分は徹底的に扱下ろされ、絶望の底で足掻けど足掻けど浮上できず、上げた頭を小突き続けられなくてはならない。
痛めつけられ、ぼろぼろになって地獄をのたうち回る自分を、遠く離れた所で眺め、安らいでいる私が居る。
なぜなら、自分が楽をしているなんて私は絶対に許せない。殺してやりたい程に憎たらしいから。嫌いなんだよ、大嫌いなんだよ。
こう言う人生なんだろうね。
これまでの短い人生で悩んだかもしれないし、苦しんだかもしれないけど、そんな事はどうだっていいんだよね。
だって人生は苦しい物なんじゃないのか?
化学物質過敏症と言う枷がなければ、私はもっと楽に生きたかもしれない、とか、こうにも悩み苦しむ事はなかっただろう、とか、そういう考え方はしない。
不具に産まれてこなかったら、私は自分の両手を切り落としたと思う、多分。
私はまともじゃないから。
苦痛の中で生きてこそ,安らぐのか。
死ぬときはきっとほっとする。多分。
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